ムースコール

2009年10月16日金曜日

ビリー・トージン氏が約束する800億ドル

現在検討されているヘルスケア改革法案の主要目標は、特に保険に加入していない米国民の数を減らすことによって、健康保険カバレッジを拡大することにある。健康保険カバレッジが拡大すれば処方箋医薬品を含むヘルスケア製品・サービスの消費量も拡大し、製薬企業にとっても利益となる。ヘルスケア市場を拡大させる見返りとして、オバマ政権は保険会社、病院、製薬会社を含む、改革によって利益を得る各方面に譲歩を求めてきた。ビリー・トージン氏をリーダーとする米国研究製薬工業協会(PhRMA)は今年6月、オバマ政権が求める譲歩に合意、製薬業界は10年間に渡り、800億ドルを負担するという方針を発表した。この合意の詳細は一切公にされていないものの、8月には、多くの連邦議会民主党議員の意向に反して、オバマ政権は、現行のメディケアパートD処方箋医薬品給付プログラムにおいて、連邦政府は薬価の直接交渉を行わないと確約したことが明らかになった。
この800億ドルの内訳は、どうなっているのだろうか。 内訳の詳細は未だ開示されていないが、ボーカス法案に含まれる条項のうち、製薬企業の減収につながる主なものをベースに、大まかな見積もりを立てることはできる。
まず第一に、いわゆるメディケア・パートDの「ドーナツ・ホール」に差し掛かった受給者が購入する医薬品に対して、50%の価格割引を提供する条項が挙げられる。ドーナツ・ホールにおいてメディケアは、処方箋薬のコストをカバーしない。
なお、同割引は、メディケア受給者の中で最もヘルスケアコストが高いグループの一つである二重資格者(メディケアとメディケイドの両方に加入するグループ)が購入する処方箋医薬品には適用されない。 二重資格者の医薬品購入には、これまでも援助金が支給されているため、彼らにはドーナツ・ホールのルールが当てはまらないからだ。また、より高額のパートB保険料を支払う必要がある高収入のメディケア受給者にも割引は適用されない。これら以外の受給者は、2010年7月よりドーナツ・ホールにおける医薬品購入に対して50%の割引を受けることになる。大まかに見積もって、この条項により、製薬業界の負担は向こう10年間で300億ドルとなる。
第二に挙げられるのが、メディケイドプログラムでのブランド医薬品購入に対して製薬企業に課せられる法定リベート率が15.1%から23.1%に引き上げられる条項である。血液凝固因子および小児科での使用に限って承認された医薬品は、15.1%から17.1%になる。この条項による製薬業界の負担は、大まかに見積もって10年間に300億ドルとなる。
第三に挙げられるのが、後続バイオ製品導入による競争激化に伴う収益の縮小である。 ボーカス法案には後続バイオ製品に関する条項は現在のところ含まれていないが、下院エネルギー・商業委員会の修正法案および上院HELP委員会の法案には、12年間の独占期間を与える条項が含まれている。最終法案にも、後続バイオ製品に関する条項は含まれると見られている。後続バイオ製品の導入は、大まかに見積もって製薬業界に10年間で70億ドルの売上損失をもたらすことになる。
第四に挙げられるのが、製薬業界に課せられる1年間23億ドルの新たなフィーである。このフィーは、メディケア、メディケイド、退役軍人局の健康保険プログラム、トライケア(TRICARE)陸軍プログラムを含む公的保険における、各企業の市場占有率に応じて課せられる。なお、オーファン・ドラッグの売上は市場占有率の計算対象に含まれない。年間売上4億ドル未満の企業には、市場占有率算定の目的で売上を計算する際に、「ハンディキャップ」が与えられる。また、年間売上500万ドル未満の企業は、このフィー支払いが免除される。2010年のフィーは、2009年の売上を基に算定された市場占有率によって計算される。フィー支払い額を1年間23億ドルとすると、10年間における製薬業界の負担は230億ドルとなる。法律によって、米国所得税上このフィーは控除対象とならない。
以上四点の負担額を合計すると、10年間で製薬業界の負担分は900億ドルとなり、PhRMAのビリー・トージン氏が確約した800億ドルより100億ドル多くなる。

2009年10月7日水曜日

メディケア給付のカット:嘘かまことか

ヘルスケア改革法案をめぐる議論の火種の1つは、上院・下院で提案されている法案がメディケア受給者のベネフィットを削減するものであるかどうかだ。当然のことながら、高齢者を結集させる最も早い方法は、高齢者の給付内容を削減する法案を出すことだ。ヘルスケア改革反対派は、両院から出された各法案は実にそれを行っていると主張している。この主張は正当なのだろうか?
ひと言で言うなら、答えはイエスだ。少なくとも、民間保険会社がメディケアから資金を受けてパートAおよびBに代わる給付パッケージを提供する、メディケア・アドバンテージ(MA)プランに加入する受給者にとってはそうである。両院の法案共に、最も大きな節減元は、MAプランへの支払いの変更によるものである。
当初は、民間保険プランがメディケアに参加することによって、受給者は出来高払い(Fee-For-Service、FFS)のメディケアよりも質の高いコーディネートケアを受けられるようになるのではと期待されていた。また、民間保険プランは、従来のメディケアよりも効率性が高ければメディケアの節減につながる可能性すらあると考えられていた。例えば、メディケア受給者1人の医療サービスに対するメディケアプログラム年間平均コストが1万ドルである、国内のある地域において、民間保険プランなら1万ドル未満で同じ給付内容を提供できるかもしれない。もしメディケアから民間保険プランへの支払いは9,750ドルで、プランは9,500ドルで給付を行えるなら、メディケアプログラムにとっては250ドルの節減、民間保険プランにとっては、250ドルの追加利益となる。しかし近年では、プランに参加を促すため、議会が設定しているMAプランへの支払いの基準となるベンチマーク(その率は郡ごとに定められている)は、ほとんどの地域において、該当地域での受給者あたり平均メディケアコストを優に上回っている。
MAの支払いメカニズムは、郡ごとに、各プランがベンチマーク率に対し入札を行うというものだ。入札額がベンチマークより低ければ、そのプランは入札額に加え、入札額とベンチマークの間の差額の75%を受け取る。残りの25%は、メディケアが保持する。つまり、ベンチマークが1万2,000ドルでプランの入札額が1万1,000ドルの場合、プランは1万1,750ドルを受け取ることになる。MAのルールによれば、プランは追加で獲得した750ドルを、追加給付の形で受給者に提供しなければならない。この例では、受給者は750ドル分の追加給付を受けることになる。
しかし、通常のメディケアFFSと比較して、各郡における受給者あたり平均コストはずっと高い。上記の同じ例では、メディケアは、コスト1万ドルではなく、1万1,750ドルをプランに支払っている。受給者が750ドル分の追加給付を受けられることは確かだが、その追加給付分に対しメディケアは1,750ドルを支払っている。受給者にとっては、追加給付を受けられることから、通常MAプランをより好み、近年加入者数は急増している。現在、メディケア受給者の4人に1人がMAプランに加入している。

メディケアFFSと比較した場合の各MAプランの超過分


メディケアは2009年、MAプランに対し、メディケアFFSと比較して14%多く支払いを行っている。議会が節減元に定めているのは、この超過分のコストである。下院案はベンチマークの率を各郡における受給者1人あたり平均メディケアFFSコストの100%に定めるとしている。上院案は、ベンチマークを各プランの入札額の加重平均にするとしている。いずれの場合も、節減額は相当なものになる。しかし、ベンチマークが低くなれば、プランは現在提供しているようなレベルの追加給付を維持することはないだろう。つまり、こうした追加給付分が削減されることは事実だが、メディケア・パートAおよびBの従来の給付が削減されるわけではない。